越境

4月のこの時期、総大会の時期ですね。

(ウチの教会の全世界向けの集会が年に2回ありまして、その時はいつもの集会所じゃなく、近くの大きな集会所に集まって衛星放送を見るんです。)

土曜日は……18時からの神権会は出たかったけど、仕事してたらいつの間にか夜中になってました。
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こんなはずでは……


と、気を取り直して日曜日。
普通なら名東に行くだけど、いろいろと思惑もあり、福徳に行きました。
福徳に出席するのは今年初かな?
CESファイアサイドと交流会があった時以来だと思う。
地下に完成した新しい部屋も見ちゃいました。

隣町で一人暮らしな弟となかなか会う機会がないので、弟が出席するはずの福徳へ向かったものの、弟は欠席でした。

朝から寄って拉致すれば良かったかな……
帰りに寄ってみよう。


総大会の集会は、適温で薄暗くって、耳に心地よいトーンのお話を2時間×2。
不謹慎ながら、眠たい……

多少の抵抗はしたものの、やっぱり寝ちゃいました。

そんな中でも印象に残ったのがいくつか。

『信仰を持つのは、野球をスタンドから眺めているようなものではない』
これは……確かに。
イチローの活躍を見て満足するんじゃなく、自分も一流メジャー選手になるのが信仰なんだよね。
もちろん生半可な事じゃないし、実際無理だと思うけど、それでも『向かってさえいれば、いつかはたどり着く』とばかりに努力しないといかんのです。

『私は取るに足りない人間です。彼もそうです。その事を忘れるなら、神はそれを思い起こさせてくださるでしょう。あまり愉快なことではありませんが。』
モンソン大管長が新任の使徒に言った言葉。(だったと思う)
モンソン大管長らしいユーモアだなぁ。
僕も謙虚さを忘れないようにしないと。
しょっちゅう忘れるから。

『神聖さにおいて神殿に比肩しうるものは家庭だけである』
これはまずい。
物質的にも霊的にも、ウチは神殿のように清いだろうか?
主がやって来られるのにふさわしい場所だろうか?
思い返してみると……少なくとも僕の部屋は火で滅ぼされる気がする。(散らかりすぎ)
掃除しないと。
祈りを通して主と話すにふさわしい場所にしないと。


そんなこんなで総大会は終わりました。

福徳に行った1番の目的は消化不良ながらも一応達成しました。



で、

帰りに弟のウチに寄ってみた。

しばらくぶりの弟のウチは……僕の部屋より先に火で滅ぼされそうな部屋でした。
せっかくなので二人で大掃除。
安息日だったけど……まだスーツだったけど……頑張りました。
1カ所に目をつぶれば、男性なら呼べるぐらいの部屋になったかな。
時間と準備の関係上、バス・トイレには取りかかれなかったので、そこだけはまだ『見た目がホラー映画』のままです。
(弟の名誉のため、寮の一室のそこは弟が入居したときから酷い有り様だったと付け加えておきます)

そのうち掃除が済んだらビフォーアフターの写真をアップするかも?



PS:弟の部屋の掃除でお腹いっぱいになったので、自分の部屋の掃除はまた今度。